コラム

テレワークの戦略的導入に向けて ~テレワーク論議、再考

1.はじめに ~テレワークへの態度を改めて考える

東京では4度目の緊急事態宣言が発令されていますが、ワクチン接種も徐々に広がり、世界的にはアフターコロナの世界が見えてきています。私たちは、コロナ禍によって強制的に変わった部分を今後どう振り返り、対応していくのでしょうか。

そこで今回はテレワークの是非について考えてみましょう。

コロナの下で、今まで難しいと言われてきた業界・分野においてもテレワークが一気に広まりました。人流を止めるという社会的要請に対してはテレワークを行うということはやむを無い部分がありますが、ではワクチンが広がり、通常の生活になった段階で引き続きテレワークを続けるべきなのでしょうか。社員同士のコミュニケーションや生産性の観点から、まさにここは企業の戦略的判断となるでしょう。

2.コロナ前からテレワークの議論はあったが…

実際、テレワーク自体はコロナ以前からも試されていたところですが、(このコラムでも以前紹介しましたが)例えばIBMや米Yahoo!などはテレワーク型に移行したものの、その後出社型に戻したという事実があります。以前も紹介した、米Yahoo!のマリッサ・メイヤーCEO(当時)のメッセージを再度確認してみましょう。

最上の職場になるためには、コミュニケーションとコラボレーションが大事。ゆえに、私たちはサイド・バイ・サイドで(机をならべて)働く必要がある。
社内にいることが肝要なのだ。
ベストの決定や見解は、社内の廊下や社員食堂での、新たな人たちとの出会い、いや即席チームミーティングから生まれることもある。在宅勤務だと、スピードと仕事の質がしばしば損なわれる。私たちは、ひとつのヤフーにならねばならぬ。そして、それは物理的に一緒にいることから始まるのだ。
この6月から、在宅勤務の全ての従業員に、ヤフー社内で働くことを求める。もし、あなたがその対象であれば、既に人事から連絡が行っている。その対象外の人たちも、たまに自宅のケーブルテレビ修理を待たねばならぬときは、コラボレーションの精神で最善の自己判断で臨んでほしい。

(下線筆者)

世界を代表するIT企業大手がテレワークではなく「社内でいること」が肝心なのだ、と改めて宣言しているところに意外性を感じるかもしれません。例えば様々なテレワーク用のツールを提供しているグーグルであっても、実は社員は基本的にオフィス出勤が求められていました。それは、「社員をグーグル以外の環境に置かないことで愛社精神を育み、社のクリエイティビティや情報を守ること」が理由だとされています。足元のコロナ禍においても、Amazonは「我々の基本であるオフィス中心のカルチャーに戻す」としてワクチンが広まれば出社型に戻すことを公表しています。

一方で、もちろんテレワークを推進している企業も多くあります。IT系企業や、あるいはBPOなど事務代行業種が多いですが、そういった会社は「会わなくてもできる仕事を会ってやる意味がない」といいます。ミレニアルやZ世代のような若手はテレワークを望む傾向があるとも言われますし、働く場所を問わなければ優秀な人材を確保できる可能性も高まるでしょう。出勤手当や本社費用なども圧縮でき、費用面からもポジティブな効果がでるはずです。

これらは、どちらが正解というわけではありません。

  • 自社のコアの価値はどこから産まれるのか
  • 優秀な人材をどのように調達しリテイン(維持)するのか
  • どんな業務を外注し、そんな業務を内製化するのか

といった、企業の戦略的な判断が問われているということです。

3.テレワークで生産性が下がる理由

ではなぜいくつかの会社はテレワークで生産性が下がると言っているのでしょうか。大きな2つの理由を考えたいと思います。

(1)コミュニケーションコストが高い

1つ目は、多くの人が感じているであろうコミュニケーションコストの高さです。今までは横の人に話しかければ済んだところ、今ではわざわざチャットに書き込んだり、相手が在席しているかどうか確認しなくてはいけなくなったことは大きいでしょう。「ちょっといいかな」と二人だけで話すことができなくなるというのは予想以上に大きいことなのです。ただ、これはUX(ユーザーエクスペリエンス)の改善によって軽減される可能性もあるところです。

(2)テレワークは意外と疲れてしまう

2つ目の大きな問題は、テレワークは意外と疲れること、注意が散漫になるということです。


オフィスに来て仕事をする場合、基本的には全員が仕事をするということで意思統一が図られています。ちょっとした息抜きはあっても仕事をすることのスイッチはオンになっているでしょう。しかし、テレワークではそうはいきません。

何時から仕事をしようか、ちょっとコーヒーでも飲もうかな、宅配便が届いたから対応しなくては、子どもの学校の準備もあった、お昼ご飯はどうしよう…。多くの選択肢が目の前にあり、常にその判断を迫られている状況が続くということです。

「いや、自分はスイッチを切り替えられるから」という人もいるかもしれませんが、そうでない人も沢山いるでしょう。今コーヒーを入れようか仕事をしようか、という判断をするだけでも集中力は削られるものです。オフィスは「仕事しかしなくていい」という意味で非常に生産性が高まる場所なのです。

スティーブ・ジョブズはイッセイミヤケのタートルネックを着ると決めていて、イチローは朝食にはカレーを食べると決めていました。一流の選手やビジネスマンはルーティーンを決めて仕事以外のところで判断力を浪費しないようにしている(あるいはノイズをいれないようにしている)ケースは多いものです。そう考えると、テレワークというものは余計な誘惑や雑音が入りすぎてしまうということで生産性を下げてしまうのです。

「いや、テレワークで効率性は上っているよ」という方もいるでしょう。多くの場合、それは決められた作業を効率よくこなすというケースです。どこかに缶詰めになって一気に作業を終わらせたい、というときはテレワークのような状況は良いかもしれません。一方、新しい企画を考えたり、他者と協働して何かをやり遂げるといったケースでは、良いアイデアが産まれづらくなったりすることは否めません。よく「個人としての生産性は上っているような気がするが、組織としての生産性は下がっているのではないか」という声も聞かれますが、まさにそのような事態を指しているでしょう。企業の価値創造の本質は「与えられた作業をこなすこと」ではなく、「新しいことを生み出すこと」にあるのです。

4.最後に ~ブームに乗るだけでは思考停止と同じ

色々とテレワークの問題点について書いてきたものの、コロナ禍で進んだテレワークには良い点も沢山ありました。移動時間が減り、その意味で格段に楽になりましたし、こういう世界を知ってしまった以上、元の全員オフィスに戻りたいと思う人も減っていくでしょう。私たちは今まで無駄に出社していたのではないか、集まらなくてよいことにまで「集まるコスト」をかけていたのではないか、と改めて感じている方も多いのではないでしょうか。テレワークが普通になれば、世界中から優秀な人材を集めてくることも理論的には可能になり、人材の幅も一気に広がる可能性もあるでしょう。

これからの世界ではテレワークなどの新しい働き方を導入しながら、いかにそれを上手く使いこなし、ハイブリッドで行っていくかが重要になります。出社100%からテレワーク100%まで様々な可能性がある中、どのように仕組みを作るかによって各社の色合いが出るでしょうし、工夫があるはずです。

「人材」という経営資源をいかに活用できるかは企業の競争力に直結します。そして、人材の力は個々で発揮されるだけではなく、相乗効果というものも存在します。テレワークの問題点を踏まえながら、テレワークをどの程度導入し、どのように活用するのかはまさに企業の「戦略的な意思決定」なのです。

単に他の会社もやっているから、コロナ禍で仕方ないから、とテレワークを推進するのも、また出社だけにこだわるのも思考停止にすぎません。私たちはコロナ禍を奇貨としてより多くの可能性を手にしたわけですが、それを使いこなせるかどうかもまた、自分たちの英知にかかっており、よくよく考えて決めていく必要があるでしょう。