コラム

目標設定と自己認識、そして知識と世界の広げ方を考える

1.はじめに

今回のテーマは「自己認識」についてです。

皆さんは今の自分が何によって規定されていると思いますか?自分を形作ってきたものはなんでしょうか。過去の経験や職場での人間関係の積み重ねと考える人もいるでしょうし、あるいは家族や友人から影響を受けてきたと考えるかもしれません。

今回はこの「自己認識」の仕組みについて考えていきます。あらためて目標設定の重要性や知識のあり方について理解していきましょう。

2.過去は作られる ~自分が変われば、過去の認識も変わる

(1)スティーブ・ジョブズの「点を繋げる(connecting the dots)」

アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは生前、スタンフォード大学の卒業式で後世に残るスピーチをしています。「Stay hungry, Stay foolish.」という言葉はあまりに有名でしょう。

ジョブズ自身は実はスタンフォード大学ではなくリード大学という大学に通ったわけですが、そこを中退しています。大学を中退したときの状況は悲惨だったようで、友達の部屋に転がり込んで寝かせてもらい、コカ・コーラの瓶を集めてお金に変え、食費を賄っていました。毎週日曜日には食事を得るために10キロ以上歩いて寺院へ通っていたそうです。

一方、興味のない授業に出る必要がなくなったジョブズは好きな授業にだけ出るようになり、その一つがカリグラフィー(文字を美しく見せる書法)の授業でした。カリグラフィーの歴史を学び、デザインを学ぶことに大いに刺激されたと言います。

なぜジョブズがそのような話をしているかといえば、それがその後のApple、とりわけマッキントッシュの開発に大いに活かされたという繋がりがあるからです。

「もちろん大学にいたころは先を見て点をつなげるなどということはできませんでした。しかし、10年後になって振り返ってみると、そこに点がつながっていたことはこれ以上ないほど明らかなことだったのです」

ジョブズは過去を振り返ることによってのみ今までの行動はつながってくる、意味が見えてくるものだと言います。輝く未来をあらかじめ確保することなどできない、未来に向かっては勇気と信念をもって踏み出すしかないのだということも。

(2)過去は今の自分が作り上げている

ところで、過去を眺めるときになぜジョブズはカリグラフィーの授業を思い出したのでしょうか。それは今のジョブズがAppleを立ち上げ、マッキントッシュを開発し、それが成功したという気持ちがあるから、だからカリグラフィーというものが今につながって見えているということです。今の自分にとって「重要だから」過去の特定の出来事がより意味のあるものとして浮かび上がってくる、つまり私たちは過去の出来事を恣意的にピックアップしています。もしジョブズがAppleではなく別の仕事についていれば、カリグラフィーではなく別の過去をピックアップしていることでしょう。私たちは過去から順番に今につながっているのではなく、今を基準にして「過去」を創り上げているのです。

3.自己認識のポイントは目標設定にあり ~時間は未来から流れてくる

(1)私たちは世界を恣意的に見ている

先ほどの話は、今のあり方によって過去の見え方が変わるという話でした。私たちは自己正当化の名人ともいえますから、状況が変われば今まで全く気に留めていなかった過去も「あの出来事はこのためにあったのだ」と解釈するようになるでしょう。


同様に「現在」の見え方も、状況によって変化します。「そろそろ家を買いたいな」と思えば不動産情報が目に入るようになりますし、新しい車を買えば、自分のものと同じ車が目につくようになるでしょう。新しい会社に転職すれば、その事業に関連する物事が目につきやすくなるはずです。これは世界が変わったわけではなく、自分自身が変わったということです。それらの情報は以前からそこに存在していたわけですが、自分が認識できていなかったに過ぎません。

では私たちが世界を認識するための基準とは何でしょうか。今までの事例から分かることは、その基準は「自分にとっての重要性」でした。これは本来的には自分の目標設定に関係するものです。明確に未来の目標を持っていれば、あらゆる情報はそれを基準に取捨選択されることになります。逆に、明確に目標を持っていない場合、無意識に「現状維持」が目標になってしまいます。結果として、多くの人は今の自分にとっての重要性で世界を見ているといえるでしょう。

(2)自分にとっての重要性が変わると世界は変わる

ここに自己認識にとっての目標の重要性があります。

目標が変われば、今の自分の環境の見え方も変わり、その自分につながる過去の見え方も全て変わるということです。自分はどんな人間なのか、どんな過去の経緯で今に至るのか、そういった自己認識は過去からの積み重ねであるわけではなく、実は未来の目標に依存して変わっていきます。

目標が大きくなり、現状の延長線では対応しきれなくなれば、大きく現状を打破していく必要に迫られるでしょう。そして新しい世界へと一歩踏み出すことになり、古い世界と決別することになるのです。

ここで申し上げたいのは、まずは目標を大切にしましょう。これは変わってもよいですし、いくつあってもよいものです。ただし、本当に自分が達成したいと心から思うものでなくてはいけません。スケール感のある人というのは、スケールの大きな目標を持っている人ということなのです。

4.知識の重要性 ~目標に向かうための移動手段となる

(1)まず思い(目標)が先、知識は後からついてくる

さて、ここで知識についてです。

知識を多く持っている人が高い目標設定ができるわけではありません。例えば皆さんがオリンピックで優勝したいと思うことは自由です。しかし、その夢を実現するための方法を詳しくは知りません。もしそれを本気で望めば、方法を知っている(=知識のある)人を雇い、教えを乞うことになるでしょう。知識というのは、夢・目標への移動手段なのです。目標が先、知識は後から仕入れることができます。ある分野で起業したいと思うことは自由で、そのために必要な知識は後からつけることができます。ある国に進出しようと思うことは自由で、そのための規制や制度についての知識はあとからつけることができます。

まず思いありき、そしてその思いこそが「自分」であるということが大切なのです。

(2)世界を広げる知識との出会い方

しかし、知識がなければ世界が広がらない、高い目標を描くこともできないのではないかという疑問を持たれる方も多いでしょう。

この意見は知識の取り入れ方によって変わります。私たちが子ども時代に新しい知識を入手するとき、多くは学校で学んで手に入れているはずです。それは「自分の意思とは関係なく」必要と思われる知識の体系を学んでいくことになります。そこに新しい発見や驚き、ショックというものが存在します。しかし、社会人になった今、自分の意思と関係なく知識を受け入れ世界を広げるということはあるでしょうか。殆どの場合、自分の関心があるから、仕事で必要だから、新しい知識を学ぼうとするのではないでしょうか。自分の関心事の範疇で知識を深めていくことは、世界観を変えるような発見というよりは現状の強化につながることが殆どです。経験を積めば積むほど、現状を否定するような新しい考え方を受け入れられなくなるという傾向もあるでしょう。

多くの人のキャリアにおいて、成長できたと実感するポイントに「異動」や「昇格」というものが挙げられますが、これも同様に「自分の意思とは関係なく」思いもよらない世界に触れることになるから成長するのです。ずっと自分の関心事の中で生きてしまうと、そういった新しい世界との遭遇は減ってしまうのです。

だからこそ、社会人になってからはより意識的に「業務と関係がない」出会いを探しに行くことが大切です。人との出会い、書物との出会い、場所との出会いというものが思いもかけない衝撃となり、それが「こんな世界に行きたい」「こんな人になりたい」という新しい目標設定につながるのです。世界が広がるような知識との出会いは、現状の生活にあるのではなく、そういった今までの自分にない出会いと衝撃の中から生まれるものです。

知識というものは目標に向かうための移動手段であり、後から手に入るもの。そして、新しい世界を広げ目標設定につながるような知識は、自分の今の世界の外にあるのだということ、ここが重要なポイントです。

5.さいごに

今回は「自分というもの」の認識について考えてきました。私たちは自分が過去から順番に成長してきて、その積み重ねだと考えています。しかし実際、私たちはそのような直線的な成長をするわけではありません。脳は今の私たちの夢や目標に照らして、常に過去を編集しており、自分のあり方を再定義しています。

今回のテーマで重要なことは、未来を決めれば過去は再定義できるということ、自分への自己認識も変えることができるということです。過去がどうだったか、ではなく今から何がしたいか、の方がよほど重要です。そして真剣にその夢や目標を信じ、前に進んでいった結果、後ろを振り返ったときに「道」が見えているのです。

そして新しい世界を開くのは常に自分の外の衝撃です。どうしても私たちは内にこもりがちで、現状維持のバイアスがあるものですが、もっと大きな変化を起こしたいと思う人は、やはり現状の外に飛び出さねばなりません。知らない本を読む、異業種の方や経営者に会ってみる、旅に出てみる、何でもよいのです。知らない世界に一歩踏み出す勇気が、自分の新しい未来をつくっていきます。