コラム

リカレント教育とは何か
~企業と従業員メリット・具体的導入方法を解説

1.リカレント教育とは

昨今、リカレント教育という言葉が多く聞かれることが増えてきました。“Recurrent“を直訳すると「繰り返す」「再発する」「循環する」という意味になります。厚生労働省のホームページには「学校教育からいったん離れたあとも、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨いていくことが重要であり、このための社会人の学びリカレント教育と呼んでいる」とされています。

引用:経済産業省 リカレント教育
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18817.html

一方、リカレント教育と類似する言葉として、リスキリングと生涯学習が挙げられます。
まずリスキリングとの違いは、リカレント教育が業務に直結しないことことに対して、リスキリングは業務に直結することが異なる点です。
2021年2月26日に経済産業省の「第2回デジタル時代の人材制作に関する検討会」で行われたリクルートワークス研究所のプレゼンテーションの中で、リスキリングは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義づけられました。

また、リカレント教育とは先ほど述べたように学びを「仕事や仕事におけるキャリアに活かすこと」を目的にしている一方、生涯学習は学んだことを活かして「豊かな人生を送ること」を目的にしています。
したがって、リカレント教育は生涯学習に比べ、よりビジネスに直結しているといえるでしょう。

仕事に直結している順に並べると、リスキリング、リカレント教育、生涯学習と捉える事ができます。

2.リカレント教育の歴史と社会的背景

リカレント教育は、もともとスウェーデンの経済学者ゴスタ・レーン氏によって提唱された概念です。1969年にベルサイユで開催された欧州教育大臣会議において、後に首相となるスウェーデンのオルフ・パルメ(Palme, O.)が紹介したことで注目が集まりました。1973年に経済協力開発機構(OECD)によって、「リカレント教育 -生涯学習のための戦略-」が公表されたことで国際的に広く認知されていきました。そのなかでリカレント教育は、以下のように定義されています。

「教育を個人の全生涯に亘りリカレントに、すなわち労働をはじめ余暇、引退などの諸活動と交互に行う形で分散させること」 この言葉からも、リカレント教育は仕事や仕事におけるキャリアに活かすことを目的としています。

3.リカレント教育の目的

学校教育を離れた後に、社会人の学び直しとしてのリカレント教育がなぜ必要なのでしょうか。
広くとらえると、学校教育だけではビジネスにおいて成果を出すための知識獲得に限界があるからでは無いでしょうか。
今は、VUCAと呼ばれる不確実性が高く、先が見通しづらい時代です。加えて、定年延長や人生100年時代と呼ばれる労働者の職業人生の長期化も同時に進行しています。
このように変化の時代においては、労働者の「自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直し」が重要であり、学び・学び直しには「労使の協働」が必要です。
このような背景を踏まえて、厚生労働省も「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を策定することで、国としてリカレント教育を後押ししています。

4.リカレント教育が必要とされる理由

社会人になった後も学び直しが求められることはご納得されるところだと思います。
ただし、日々の業務だけでも忙しいなか、リカレント教育をする時間を確保することが困難であると感じているのでは無いでしょうか。
ここからは、本業とのバランスをとりながらなぜリカレント教育を行う必要とされる外部要因を解説します。

①ライフスタイルの変化

こちらは厚生労働省が出している専業主婦世帯と共働き世帯の推移に関するデータです。
このように、数十年前に比べて家族の在り方も大きく変化しており、学校教育が終わって専業主婦となれば、学びが終わりということではありません。また、未婚率も上昇しており専業主婦という役割減少も事実としてあります。
多様な価値観に伴う、ライフスタイルも多様化することで、自らを常にアップデートしていく必要があり、リカレント教育が必要といえるでしょう。



引用:厚生労働省 専業主婦世帯と共働き世帯の推移
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000118655.pdf

②技術の進化

1995年にMicrosoft社がWindows95を発売したことが機会になり、業務用だけではなく一般家庭にパーソナルコンピュータとインターネットに普及しました。
その後、2000年代半ばに登場したスマートフォンにより、半導体やICTの技術が一気に高まりました。さらにそこから20年近くが経ちましたが、今も進化を続けています。これからはますます技術の進化速度が高まると予想されています。


こちらは「ムーアの法則」と呼ばれる指数関数的な発展をグラフに表したものです。近年、このように指数関数的に発展する技術は、エクスポネンシャル・テクノロジーと呼ばれます。ポイントは、指数関数的な発展においては、変化はある地点から急激になるという点です。

このような技術の進化に遅れないようにするためにも、技術トレンドを有効に活用できるようにリカレント教育が必要です。

引用:総務省 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety5.0
第2節 デジタル経済の進化はどのような社会をもたらすのか。
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd122210.html

③DX化

DXとはDigital Transformationの略であり、企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立することと定義されます。
言い換えると、DXにおいては、その産業のビジネスモデル自体を変革していくことが求められており、デジタルテクノロジーを活用していくためにリカレント教育が必要です。

④人材不足

こちらは国土交通省が発表している、日本の人口予測です。2004年にピークアウトしており、これから益々人口が減少していきます。
労働人口が減少するなか、一人ひとりがより生産性高く働くためにリカレント教育が求められます。


引用:平成23年2月21日国土審議会政策部会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ概要
https://www.mlit.go.jp/common/000135837.pdf

⑤競争力向上

スイスのローザンヌに拠点を置くビジネススクールである国際経営開発研究所(IMD)が毎年行っている世界競争力ランキングにおいて、日本は1989年から1992年まで世界1位を誇っていたが、1996年の4位から下落を続け、2020年には34位というところまで落ちています。
総合順位を構成する因子は「インフラ」「経済パフォーマンス」「政府の効率性」「経営の効率性」の4つです。
とくに「政府の効率性」が42位、「経営の効率性」が47位と総合順位を押し下げる要因になっています。
このようにビジネスパーソン全体として競争力を高めるために、リカレント教育が必要です。

5.リカレント教育で従業員が得られるメリット

これまでリカレント教育が必要な外部環境を述べてきました。高等教育では得られない、仕事やビジネスに関係する教育を学び直す必要を理解いただけたと思います。
ただし、お忙しいビジネスパーソンが学び直すには多大な時間と金銭的投資が必要になります。そこで、リカレント教育によって従業員が得られるメリットについて解説します。

① 専門性の高い職業への就職

例えば、現在会社の経理部門で働いている方がいるとします。より一層、会社のお金の流れを勉強したいと考え、独学で税理士の資格を取得しようと勉強します。
見事、税理士試験に合格できた場合、社内業務に寄与するだけではなく、税理士事務所でより専門性が高い仕事に就くことが可能になります。

② 年収や就業率の上昇

とある民間の調査機関によれば、社会人大学院修了後の転職により年収が85万円アップしたというデータがあります。
リカレント教育で得たことを仕事に活かすことができれば、年収の上昇も期待できます。

6.リカレント教育における企業の課題

リカレント教育により、従業員にもメリットがあることを解説してきました。それでは、日本におけるリカレント教育はどの程度進んでいるのでしょうか。解説していきましょう。
こちらは、内閣府が発表しているリカレント教育の現場に関するグラフです。
状況としては、日本におけるリカレント教育は成功しているとは言えません。

具体的には7つの指標で評価しています。
「緊急性の低さ」「学習への参画」「包括性」「柔軟性」「ニーズ」「効果」です。
特に「柔軟性」「ニーズ」「効果」が低く、指標の解説をしますと「柔軟性」は教育機会を柔軟に得ることができているか。「ニーズ」は教育が労働市場のニーズに合致しているか。「効果」は教育の効果がどれだけあるか。という観点です。
この状況をまとめると、リカレント教育における課題は、労働市場に求められる教育コンテンツがあまりなく、教育の効果がわからないので、企業側も教育機会を柔軟に提供できる制度設計が進んでいない、ということが言えるのではないでしょうか。


引用:内閣府 リカレント教育の現状
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/chuukan_devided/saishu-sankou_part4.pdf

7.リカレント教育を導入する方法(教育ツールの具体例)

リカレント教育が浸透していない理由を解説してきましたが、具体的にリカレント教育をどのように推し進めていけば良いのでしょうか。
あくまで企業経営者や人事部門がどのような準備を進めれば良いかの視点で解説します。

① 就業時間外学習と管理職の意識

通常、仕事の業務に直結しない内容を学習しにいくことを想定すると、学習する時間帯は就業時間外が一般的で、平日の夜間やシフト勤務が終わった日中になることが考えられます。その場合、職場の管理職が残業の割り振りを軽減するなど、学習時間を確保できる配慮が肝要です。また、学習する内容によっては長期休暇を取得して学業に専念することも発生します。
人生制度の仕組みを整備すると同時に、管理職のリカレント教育に対する意識を高める必要があります。管理職の意識を高める意義は、業務に直結しないから、リカレント教育の優先順位が下がることを防ぐ狙いがあります。

②教育環境整備

リカレント教育を行う環境は幅広く用意することも重要です。例えば、オンラインの教育コンテンツを用意することで、従業員の学習機会を整えることによりリカレント教育を促進します。
これにより、従業員は学習コンテンツに対する信頼感や、費用面で負担が軽減される恩恵を享受することが可能です。

③注意点

リカレント教育により学ぶことはとても重要ですが、リカレント教育が優先になってしまい、本業で成果が出せなくなることになっては本末転倒です。
短期的な本業での成果と中長期的なリカレント教育のバランスをとることが重要です。
導入する際には、職場の上司と話し合いながら、推進することが求められます。

8.リカレント教育を提供する企業事例

それでは、リカレント教育を企業戦略に役立てている企業はどのような企業があるのでしょうか、経済産業省がモデル企業として紹介している企業の事例を解説します。

引用:経済産業省 イノベーション創出のためのリカレント教育
https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa3_company_case_studies.pdf

全体的にはDX人材の育成が多く、そのほか汎用的なビジネススキルとしてのリーダーシップ開発などが挙げられます。

ここで大切なポイントは人材育成を検討するプロセスと同様に、経営戦略から人事戦略を検討し、求められるスキルや能力・経験を割り出し、必要な学習コンテンツを提供することが重要です。
その際、社内で提供する教育体系のなかに組み込むものか、そうではなく外部に学びに行かせるものなのか、意図を明確にすることが大切です。
いまの教育体系と合わせてリカレント教育で学んでほしいことを可視化してみてはいかがでしょうか。

9.リカレント教育で活用できる給付金や助成金

リカレント教育を企業戦略に活用している事例を解説してきましたが、費用に対する公的支援の一例をご紹介します。

① 人材開発支援助成金

人材開発支援助成金は、事業主等が雇用する労働者に対して、職務に関連した専門的な知識及び技能を習得させるための職業訓練等を計画に沿って実施した場合等に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部等を助成する制度です。

引用:厚生労働省 人材開発支援助成金
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html

② 教育訓練給付金

教育訓練給付制度とは、働く方々の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的として、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給されるものです。

引用:厚生労働省 教育訓練給付制度
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/kyouiku.html

③ 高等職業訓練促進給付金

高等職業訓練促進給付金は、ひとり親の方が資格取得を目指して修業する期間の生活費を支援する制度です。

引用:厚生労働省 高等職業訓練促進給付金のご案内
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000062967_00005.html

10.まとめ

今回はリスキリングについて解説しました。皆様が職場で感じているように、業務の成果を高めようと思えば、何らかの学習によるインプットが必要です。
その際、仕事に直結するものだけでは、発想の幅や深さが限定的になることが想定されます。そのようなことを防ぐために、リスキリング教育は極めて重要です。
ぜひこの機会に、会社においてリスキリング教育を含めた教育体系の見直しをされてみてはいかがでしょうか。