人事制度設計
手順や注目の人事制度とは。チェックポイントまで総解説
1.人事制度とは何か?
人事制度とは、企業における人事管理の方針や基準、運営の仕組みを明文化したものを指します。人事管理を計画的かつ合理的に一貫して行うために、人事制度はとても重要な役割を担います。
2.人事3制度
人事制度は等級制度/評価制度/報酬制度の3つに大別できます。この3つの制度はそれぞれ独立せずに関連性を持つため、すでに導入されている人事制度を改定する場合は、それぞれの制度にどのような影響を受けるのか十分に検討します。
等級制度
等級制度とは、従業員を一定の等級に割り当て職務や報酬を管理しようとする手法です。従業員を序列化する基準には大きく3つの基準があります。
- 職能資格制度
- 職務等級(ジョブグレード)制度
- 役割等級(ミッショングレード)制度
職能資格制度
職能資格制度は、従業員が持つ能力に応じて等級を決める制度です。これまで多くの日本企業が採用してきました。従業員の能力は一度保有してしまえば、下がることはないという前提があるため、原則として等級は上がり続ける方向になり、年功序列的な運用になることを考慮しておく必要があります。
職務等級(ジョブグレード)制度
職務等級制度とは、従業員一人ひとりが担当している職務(役割)の重要度や難易度、つまりその「職務の大きさ(ジョブサイズ)」を共通の物差しで測り、「等級」という区分で表そうとします。達成された成果に応じて公正な報酬を分配する制度です。
成果主義的な経営方針にはフィットしやすい一方、ジョブサイズを評価する困難さや、次々に新しい職務が生まれるような組織には、導入後の運用面で工数がかかることを考慮しておく必要があります。
役割等級(ミッショングレード)制度
役割等級制度とは、役職やキャリアなどで役割を設定せず、担う役割(ミッション)に応じて等級(グレード)を決める制度です。
従来、日本企業の多くで導入されてきた職能資格制度と職務等級(ジョブグレード)制度の良いところを取り入れたハイブリッド型の制度といえます。
評価制度
評価制度とは、企業が期待する行動指標を基準に、従業員の能力や組織への貢献度などをいつ・誰が・どのように評価するかについて定めた制度です。
評価された内容をもとに企業は従業員の等級や給与、配置などの処遇に反映していきます。そして、職場においては、被評価者の人材育成計画の立案や、育成を通じて生産性や業績向上を目指していきます。
注意すべき点は、評価の基準は明文化できても、それを解釈する評価者の認識に齟齬が生じてしまうことがあります。そのために、評価者の評価眼を鍛えるため、評価者研修などを通じて目標の立て方、評価の仕方、評価結果の伝え方などをトレーニングすることが重要です。
報酬制度
報酬制度とは、従業員の働きぶりや成果に応じて人件費を分配し、報酬(給与、福利厚生、退職金)を支払うルールを定めた制度です。
報酬制度の目的は、従業員のモチベーション維持・向上、人材確保・定着、人件費のコントロールです。そのため、社内の基準だけでなく、所在する地域や同じ業界と比較したうえで、適正な水準に設定しておくと良いでしょう。
3.人事制度設計のステップ(設計する前に最低限知っておきたい構成要素)
人事制度は設計/導入準備/運用の3つのステップから成り立ちます。設計したあとで正しく運用されて初めて効果を発揮するので、設計と運用はどちらも非常に重要です。
設計
現状すでに人事制度を導入されている企業であれば、どのように改定するか検討します。まだ、人事制度を導入してない企業であればどのような人事制度を導入するか検討します。
設計の工程はこちらの3つです。
現状把握
経営戦略を実現するために、どのような人事戦略を立てるかがスタートです。くわえて、すでに起きている解決すべき内容を抽出します。
STEP① 企業理念を再確認する
企業理念は会社が向かうべき方向性の普遍的な道標になるので、そこを確認します。もし、企業理念やミッションを大きくブランドチェンジするのであれば、それにあわせて人事戦略も練り直す必要があります。
STEP② 現状分析を行う
現状分析は現状解決すべきことを抽出していきます。例えば、協業他社に比べて離職率が高い、高い期待値を持って入社した中途社員が思うような成果が出せていない、管理職に登用されてからマネジメントが機能していないと感じる、などの組織や人事の課題を抽出し、それを改善するためにどのような人事制度を導入するべきか検討する材料を収集します。
人事ポリシー策定
企業の方向性や現状分析ができれば人事戦略が決まります。人事戦略に基づき、人事管理を行うための人事ポリシーを策定します。
- 例えば、優秀な人材には多くの報酬を分配しようとする成果主義の導入。
- いき過ぎた成果主義にならないよう成果を出すための行動特性(コンピテンシー)に評価ウエイトを高めていく。
- 新しいことに挑戦した人にはチャレンジの係数を高くし、チャレンジを促進していく文化を作る、という類のものです。
STEP③ 明文化する
まずは、どのような人事ポリシーでいくのかということを明文化します。この明文化の工程は、人事制度を導入するとき、従業員に対する説明資料の骨子にもなりますので、非常に重要です。
STEP④ 法的チェックを行う
労働基準法や人事労務に関する法律に法規制に抵触していないか確認します。
人事制度アウトライン設計
人事ポリシーをもとに人事制度のアウトラインを設計していきます。
人事3制度は「等級制度」「評価制度」「報酬制度」ですが、制度設計は順番があります。
STEP⑤ 等級制度を設計する
人事ポリシーにより、「職能資格制度」「職務等級(ジョブグレード)制度」「役割等級(ミッショングレード)制度」のどれを採用するのか決定します。
くわえて、等級の数を決めます。
等級は従業員数100名以下の企業で6~7等級、数百名規模の企業で7~9等級、1000名以上の企業で8~10等級くらいが標準的です。
また、職務の難易度を設定する場合は、あまり細かくなりすぎないようにすることが大切です。細かくし過ぎると他の職務との差が不明瞭になり、運用が困難になる恐れがあります。
STEP⑥ 評価制度を設計する
評価制度で採用される評価項目と評価基準を設計します。評価項目の選定は人事ポリシーを従業員に伝える役割も持ちます。
【主な評価項目】
- 年功評価
- 能力評価
- 職務評価
- 役割評価
- 行動特性(コンピテンシー)評価
- 目標管理制度(MBO)
評価項目を一つのみで全てカバーすることは難しく、複数の評価項目を組み合わせることが一般的です。その際に注意すべき点は、評価項目ごとの割合です。
例えば目標管理(MBO)4割、行動特性(コンピテンシー)評価4割、能力評価2割という具合です。
また、評価基準を明確にする理由は、目標設定や評価の際に評価者と被評価者で齟齬が生まれてしまい、評価に対する納得感が低くなることを防ぎます。
そして、評価基準が明確になることで、主体的な人材育成の文化をつくります。
STEP⑦報酬制度を設計する
報酬体系を構築します。報酬は従業員のモチベーションの維持向上につながります。反面、会社は人件費のコントロールを目的に設計しなければなりません。
報酬には以下6つがあります。
- 基本給
- 能力給
- 職務給
- 賞与
- インセンティブ
- 手当
報酬制度のステップは以下の流れで行われます。
- 現状分析
- 報酬体系の設計
- 報酬水準の設計
- 報酬テーブルの設計
- 報酬シミュレーションと調整
- 福利厚生など総合的な報酬(トータル・リワード)の検討
導入準備
人事制度が設計できれば、次に導入準備です。従業員に対してなぜ人事制度の新設・改定を行わなければならないのか、その背景を丁寧に説明することが大切です。
STEP⑧ 従業員への十分な説明を実施する
説明の機会を上位階層から行い、さまざまなメディア(対面、社内報、メールなど)を活用して複数回行うことが大切です。
運用サポート
人事制度は設計と同等以上に運用が大事です。理由は完璧だと思い設計した人事制度も、運用してみて初めて気づくことがあります。
そこから制度の修正が始まりますので、運用した後の改善が大切です。
STEP⑨ 制度の導入・定着化を図る
運用を主に担うのは評価者です。評価者が人事制度を正しく理解できなければ、現場で正しく運用することは困難です。
そのため、運用前に評価者に対して、どのような変更点があるのか、その背景は何か、変更することで従業員にどのような恩恵がもたらされるのかを丁寧に説明します。
また、新制度を導入した後、目標設定から評価までの一連の工程を終えたあとに振り返りをします。
例えば目標設定がしづらい、評価のランクをどちらにつければ良いか悩むなど、改善すべき点を抽出して、制度全体をより良いものに作り上げていきます。
4.注目の人事制度
これまで一般的な人事制度設計のステップについて解説してきましたが、ここからは最近注目されている人事制度について解説します。
- 1on1
- 360度評価
- ノーレイティング
- リアルタイムフィードバック
- 成果主義の導入、年功序列の見直し
1on1
1on1とは部下の能力開発を目的にした、意図的に上司から関わる1対1の面談、と今回は定義できます。1on1という言葉は近年注目されているものですが、上司と部下において1対1の関係性は、以前から存在していました。
なぜ、近年注目されているかというと、「人材育成と離職防止を目的に面談の機会を、会社からあえて公式な時間として設けている」ということです。
これまで、面倒見の良い上司であれば、非公式な場で部下に対して悩みやキャリア志向を聞いていたことでしょう。一方、そのような関わりに苦手意識をもつ上司は、会社からマネジメント業務の一つとして指示された方が部下とコミュニケーションがとりやすくなります。
そして、1on1の主役は部下であり、部下の主体性を尊重しなければなりません。1on1の時間と言いながら、業務進捗報告や上司からの指導をしてしまわぬよう、ガイドラインを設けることも有効です。
360度評価
360度評価とは被評価者を中心に上司・部下・同僚など360度から評価を受ける手法です。この360度評価が有効に機能するケースとして、評価者と被評価者が同じ業務に関わらず被評価者の働きぶりを評価することが困難なプロジェクト型の場合です。
そこで、同じプロジェクトに入っているメンバーから日頃の働きぶりや能力を評価してもらいます。気をつけたいポイントは、評価者の評価眼にバラツキが生まれる可能性があることです。
ノーレイティング
ノーレイティングとは、従業員の業績を「Sランク、Aランク、Bランク、Cランク」などのランクづけ(レーティング)をしない手法で、近年アメリカを中心に広がり始めている新たな評価手法です。ただし、ランクづけをしないということであり、評価をしないということではありません。それでは、これまでの評価と何が異なるか解説します。
現在、日本企業と同様にアメリカ企業の多くで取り入れられているのが、目標管理制度と評価制度を連動させる方法です。年度の最初に評価者(上司)との話し合いで目標を決め、途中で進捗をチェック、年度の最後に再び上司との話し合いにより目標の達成度を確認し、上司がランク付け(レーティング)とフィードバックを行います。その評価をもとに処遇や昇進に反映させるという方法です。
年1回の目標設定では、先が見通しづらいVUCAの時代では目標設定したタイミングと現実との間にギャップが生じることもあります。また、上司からどのような評価をされているのだろうという心理的な不安から、思い切ったチャレンジをしなくなることも考えられます。
それでは、どのように評価をするかというと、上司はこれまで以上に部下に対してフィードバックや対話を重ね、その都度、現実に沿った目標を与えます。それを続けることで自然と評価ができるという考え方です。また、フィードバックや対話が増えることで、部下も評価に対する納得性が高まっていくことが期待できます。
リアルタイムフィードバック
評価者や上司が部下の働きぶりや成果に対して、リアルタイムにフィードバックを行う手法です。仕事に対するフィードバックをこまめに行うことで、部下とのコミュニケーションを促進し、改善点や期待を効果的に伝えることができます。コミュニケーションの総量が増えるため、チームとしての結束力が高まることも効果も期待できます。
部下はその場で何がいけなかったのかがわかるため、フィードバックの効果が高く半年後や1年後の評価に対しても納得感を持って受け止めることができます。
成果主義の導入、年功序列の見直し
優秀な人材を確保していくために、成果に見合う報酬が支払える仕組みが用意できているか検討します。限られた人件費を効果的に分配するために、年功序列型の給与体系が不要であれば早急に見直しする必要があります。
5.人事制度を設計する際に利用する外部サービス
人事制度をいきなりゼロから構築することは非常に困難です。人事制度を設計する際に利用できる外部サービスをいくつか解説します。
- 外部の人事コンサルタント・社会保険労務士に依頼する
- 人事制度設計のセミナーを受講する
- 同業他社の人事制度を真似る
外部の専門家から普遍的な考え方や、最新のトレンドを教えてもらうことは非常に有効です。また、同業他社間で業界の情報交換会など開催されているようであれば、同業他社がどのような考え方で人事制度を構築しているのかヒントを得て取り入れることも重要です。例えば、運送業界を例に取った場合2024年のドライバー不足に関する問題は、業界内であれば共通した問題になるはずです。そのように同じ業界だからこそ共通で抱えている問題に対応するには、同じ業界にいる同業他社から学ぶことも有効です。
6.人事制度設計で注意したいチェックポイント
人事制度を設計するうえで検討したいポイントを解説します。
従業員の納得感を醸成できるか?
人事制度は設計と運用がとても大切です。従業員の納得感が得られなければ、運用されない人事制度になってしまいます。そのため、トップダウンだけで進めることなく、現場では何が起きているのか丁寧にヒアリングすることも、制度が運用してから納得感を得るために重要です。
会社のフェーズにあわせた設計や、その会社らしさが反映されているか?
例えば、会社が急成長して優秀な社員がたくさんいるにもかかわらず年功序列型の人事制度を構築してしまっては優秀な社員が離職してしまう恐れがありますし、その逆も考えられます。社員を大切にして長期的に育てていきたいと考えている企業であれば、成果よりも成果を出す過程に比重が置かれた人事制度がよりその企業にマッチしていると言えます。
このように経営戦略と人事戦略は密接に紐づきますので、いま自社がどのようなフェーズにあり、何を大切にしたい会社なのか、その戦略にマッチした人事制度なのかは導入にあたり検討することが大切です。
法的リスクを十分に確認したか?
人事制度を導入するにあたり、注意すべきは不利益に対する従業員の対応です。
例えば、人事制度の改定により給与が下がる社員がいたとすれば不利益に該当します。労働契約法には不利益がある場合の対応方法が明記されています。
労働契約法 第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
実行までの猶予期間を十分に設けているか?
例えば、給与が下がるなど、従業員に不利益がある場合、人事制度の変更の場合には移行期間として、いまの制度がそのまま適応される1-2年の移行期間が設けることにより、従業員の負担を軽減する措置を取り入れます。
運用が行える内容になっているか(実行性)
人事制度は運用できてこそ最大の効果を発揮します。とても複雑な人事制度を作ってしまったために、運用ができずに形骸化するということがないよう、柔軟性を持たせる部分と、きちんと決めておく部分を予め区分けしておくことが大切です。
7.まとめ
今回は人事制度設計について解説いたしました。人事制度は「設計」と「運用」の両方が機能して大きな効果を発揮します。これを機会に人事制度の点検をされてみてはいかがでしょうか。