コラム

戦略人事とは何か ~求められる事とその役割

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1.戦略人事とは

戦略人事とは経営ビジョンを実現するため、経営資源の「人」の価値をいかに最大化させるかについて大局的な方策を指します。 経営ビジョンを実現するためには経営戦略も極めて重要で、経営戦略と戦略人事は密接に関連します。
戦略人事という言葉は、1997年に出版されたディビット・ウルリッチ氏の自著「Human Resource Champions」(翻訳『MBAの人材戦略』)において提唱された概念です。この提唱により、採用・人員配置・労務などを中心とした従来の組織や個人に焦点をあてた業務だけでなく、企業経営や事業に対して価値を発揮するための業務を積極的に行う戦略人事に転換していくべきだとする考えが広まりました。

2.戦略人事が注目される背景

それでは、戦略人事がなぜいま注目されているのでしょうか。主な3つの背景について解説します。

グローバル

日本国籍の労働生産人口は減少の一途をたどります。そんななか優秀な外国籍の社員に活躍してもらうためには、世界的に通用する働き方を整える必要があります。
くわえて、海外展開している日本企業では、海外の現地で働く社員と日本国内で働く社員を公平に管理するために共通させる人事制度を考えなければなりません。

このように世界中どこにいても、同じ企業で働く社員同士がより高い成果を出すために現地でローカライズするものと、世界共通の指針を区分けしながら取り入れることが重要です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)

DX(デジタルトランスフォーメーション)と戦略人事は密接に関係します。なぜなら、DXとは企業のIT化ではなく、デジタル技術を活用した事業の変革を意味しています。事業が大きく変化するということは、働く社員に求められる人材要件も大きく変化します。

ISO30414

2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する情報開示のガイドラインです。
このガイドラインにより、組織や投資家がその企業の人的資本の状況を定性的かつ定量的に把握することができます。例えば、コストについて社内外からの採用や異動、離職に関する費用がわかれば、どの程度社員の流動性があるのか推察することができます。また、組織文化についてエンゲージメントの状態が明らかになれば、社内の雰囲気も窺い知ることができます。

このように情報開示に透明性が高まるということは、これまで以上に社員に対しても目を配り、働きやすい環境を整えなければ、結果的に社外の利害関係者からも厳しい評価を受けることになります。

3.戦略人事と人事戦略の違い

戦略人事が注目される背景について解説してきましたが、戦略人事と似た言葉に人事戦略があります。その違いについて解説します。
戦略人事と人事戦略の大きな違いは目的が異なります。戦略人事は経営ビジョンを実現するための方針なので、戦略人事の実現は事業の成否に大きく影響を与えます。一方、人事戦略については人事部門の方針と読み替えれば、その差が明確に区分けできるのではないでしょうか。
例えば、採用手法を広告媒体からダイレクトリクルーティングに変更する、業務効率化を目的に給与業務をアウトソーシングするというものは人事戦略に該当します。

4.戦略人事の立て方

それでは、次にどのようにして戦略人事を立てていくかその進め方について説明します。

経営ビジョンを理解する

戦略人事を進めていくうえで、経営ビジョンの理解からはじめます。なぜなら、どのような方針で会社が進んでいくかがわからなければ、その会社に必要な人材や仕組みを考えることは困難だからです。
例えば、これまで人材派遣業を行なっていた会社が、これからは人材派遣を中心に置きつつ、人材に関する総合ソリューションを行うということになれば、事業が大きく拡大していくことになります。
このように、まずは経営ビジョンの方向性を理解することが重要です。

人材ビジョンの策定

経営ビジョンが理解できれば、経営ビジョンを実現するために必要な人材ビジョンを策定します。人材ビジョンとはその企業で働く社員がどのような状態になっているか俯瞰して構想することです。ただし、この状態では抽象度が高いため、より人材に焦点をあて解像度を高めることが求められます。
例えば、経営ビジョンを実現するために必要な人材像を言語化することです。

仮にこれまで決められたことをミスなく執行することが求められていた人材派遣業から、人材に関する総合ソリューションとして大胆に事業を変革していく人材が必要になる、というようにあるべき人物像が変化します。

中期経営計画を理解する

次に経営ビジョンより短期的な時間で中期経営計画を理解することが必要です。どのような事業でどのくらいの収益を上げようとしているのか理解します。
それにより、中期経営計画と経営ビジョンがどのようにつながっているのか、より深く経営ビジョンを理解することができます。

中期人事計画の策定

中期経営計画の達成に必要な人事計画を策定します。仮に中期経営計画で実行するビジネスモデルと経営ビジョンで実行したいビジネスモデルが異なっているのであれば、中期経営計画の達成に必要な人員は外部リソースやアウトソーシングで対応することで柔軟性を持たせることができます。
また、中期経営計画の主な事業はこれまでの商品サービスの保守・メンテナンスがメイン事業であるようでしたらベテラン社員にしっかりフォローしてもらいつつ、若手社員は経営ビジョンで実現したい新規事業の分野で成果が出せるように育てておくことが必要です。

採用計画と人材育成計画の策定

経営資源の人的資本を考えるうえで、人員確保にあたる採用計画と採用したあとの人材育成計画は非常に重要です。
さきほど例に挙げた、人材派遣から人材に関する総合ソリューションになるためには、採用の人材要件も変化させる必要があります。例えば人材派遣の事業に求められる要件が、「誠実性」「確実性」「一貫性」だとします。それに対して人材に関する総合ソリューションに求められる人材像が「工夫性」「挑戦性」「柔軟性」だとすると、事業における求められる人材像が異なります。
ここで大切なのは、採用の入り口を分けていなければ、人材派遣を行うビジネスに適性がある人物が人材に関する総合ソリューションに求められる人物特性と大きくギャップが生まれ、社員本人のみならず組織全体が苦しむことになります。
このように求められる人物像とその要件を定義したうえで、採用と育成計画を構築することが大切です。

人事戦略の策定


採用計画と人材育成計画の策定ができれば、その前後の人材マネジメントに関する方針を立てます。人事戦略とは採用や育成をはじめ、人事業務全般を進めるうえでの指針を指します。

例えば、人材派遣事業と人材に関する総合ソリューションに求められる人材要件や育成計画が異なるのであれば、評価制度も変えることが望まれます。
ただし、すべてにおいて制度が乱立することは好ましくありませんので、全社で共通する部分と事業部ごとにウエイトを変化させるなど工夫することが重要です。

大事な点は採用から育成、評価、配置など一貫性を持たせることです。なぜなら、新卒採用のときには尖った人材だったけれど、2,3年経つと一般的な社員になっていたということはありませんか。それは、採用後の関わりが一般的なので、一般的な社員になるべくしてなったということではないでしょうか。

5.戦略人事における人材マネジメント

これまで戦略人事の立て方について解説してきましてが、ここからは戦略人事を実行する際に、従来の人材マネジメントからどのように変化するのか解説します。戦略人事における人材マネジメントの大きな変更点は、経営ビジョンを実現するために必要な人的資本を短期的に獲得、発掘・育成していくことが戦略人事における人材マネジメントのポイントです。

採用(ダイレクトリクルーティング)

多くの企業では新卒一括採用が主流ですが、戦略人事における採用はダイレクトリクルーティングが機能します。経営ビジョンの実現のためにITスキルに長けたエンジニアが必要になった場合、一から育てるには時間と費用がかかります。
それを解消するために、すでにスキルを持った人を直接採用しようとする考え方です。

学習機会の創出

経営ビジョンを実現するために必要なスキルを言語化し、社員自ら能動的に学習する文化を作ることが大切です。教育体系の構築やe-ラーニング、リスキリングなどどのような能力やスキルを学んでほしいか体系的に整理することと、それを社員に伝えることにより、経営ビジョンの方向性と社員に何が期待されているか伝えることができます。

タレントマネジメント

タレントマネジメントは戦略人事において大きな影響を与えます。なぜなら、社内にどのようなタレントがいて、どのような職務を実行できるのかが可視化できていれば、経営ビジョンの変化に応じてすぐにチームを編成することが可能です。
大切なことは、能力評価の正確性とシステム上で正確に検索できるかが、鍵になります。

OKR

OKRは「Objectives and Key Results」(目標と主要な成果)の頭文字をとったものです。個人ごとに高い目標(Objectives)を掲げ、それに連動したKey Results(主要な成果)を設定します。
ポイントは、目標は短期(1ヶ月〜3ヶ月)に設定するということと、高い目標を設定するため達成率は100%ではなく、60-70%で達成したという考え方です。
これにより、経営ビジョンの実現にあわせてスピードが速い組織運営が可能になり、自ら主体的に目標達成に向けて行動する組織づくりを行うことで、組織全体の生産性も向上が期待できます。

6.戦略人事に必要な4つの機能と役割

ここからは人事部自体がどのような機能を持つとより戦略人事を効果的に実現するのかその機能と役割について解説します。

HRビジネスパートナー(HRBP)

HRビジネスパートナーとは事業部人事とも言われることがあります。これは、全社を横断的に管轄する人事と別に、事業部ごとに人事機能を持たせることで、現場のニーズや実態を把握したうえで、経営や全社管轄の人事と現場の情報の橋渡しをすることにより情報伝達のスピードを格段に高める効果が期待できます。

センター・オブ・エクセレンス(CoE)

センター・オブ・エクセレンス(CoE)とは、組織の中核となる部署や研究拠点です。優秀な人材や設備、ノウハウを1箇所に集約することで、組織の課題解決やガバナンス向上、イノベーション推進が起こりやすくなります。
このセンター・オブ・エクセレンス(CoE)という考えは1940年代から1950年代にかけてアメリカのスタンフォード大学が卒業後も優秀な学生を西海岸に残るようにしたいと、アメリカ全土から優秀な教授や、最新鋭の設備を導入した研究拠点を設置したことで、スタンフォード大学の周辺にシリコンバレーが誕生したことからこの考えが広まりました。
戦略人事におけるセンター・オブ・エクセレンス(CoE)とは、人事機能の中心となり、採用・給与体系や人材開発の専門家が集い、経営的な視点から人事を検討することができる組織です。
戦略的思考を持ち合わせながら知識やデータをもとに経営層や現場を納得させていかなければ、せっかく考えた戦略が組織全体に浸透することはないでしょう。

オペレーション部門

センター・オブ・エクセレンス(CoE)で策定された施策を日々の業務に落と仕込み、実行していくのが、オペレーション部門の役割です。具体的には採用プロセスや給与、社会保険業務、社員の異動などが主な業務です。

組織開発(OD)と人材開発(TD)

組織開発とは、組織で働く人と人との関係性を高め、組織を活性させる取り組みを指します。一方、人材開発とは社員個々に対して知識やスキルを直接与えることで、対象となる個人のレベルアップが組織全体のパフォーマンスを高める取り組みです。
組織開発において、対象範囲とゴールを明確にすることが大切です。
対象範囲においては、カンパニー、事業部、部、課など、どの単位を組織開発の対象と定義しているのかにより取り組み内容が異なります。そして、ゴールも何がどのようになれば成功しているのか事前に明確にしなければ、やること自体が目的になってしまう恐れがあります。

人材育成の効果測定を考えるうえで、カークパトリック氏の4段階評価法と呼ばれる教育の効果を評価する概念があります。最も良い4段階には教育が業績に影響を与えているとするものです。
ただし、業績と教育の因果関係を結びつけようとするとき、外的要因など判断が難しい要素が含まれるので、その下の3段階の行動変容を評価することが効果的です。
具体的には行動変容を周囲の部下や同僚・上司に評価してもらうことや、専門家によるコンピテンシー(行動特性)評価のインタビュー面談なども効果的です。

7.戦略人事ができる組織づくりのポイント

戦略人事ができる組織の条件は、組織の考え方と組織体制含めた仕組みが柔軟であるということです。経営ビジョンは外部環境にあわせて刻一刻と変化します。経営ビジョンを実現するための戦略人事なので、あわせて変化します。

一度決めたことだからという理由で戦略人事が変更できないと、経営ビジョンに合致しない施策をしてしまうことになります。そういう状態にならないように思考も仕組みも柔軟に変化していくことが戦略人事を成功させる鍵になるのではないでしょうか。

8.まとめ

今回は戦略人事について解説いたしました。戦略人事とは経営ビジョンを実現するために必要不可欠なものであり、言い換えると、戦略人事の実現は会社の業績に影響を与えるものです。これを機に皆様の会社では戦略人事と人事戦略がどのように区分けされているのか。今の戦略人事はどのように業績に影響を与えるように仮説を持っているのか、これを機に点検されてみてはいかがでしょうか。

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