コラム

若手に学ぶ「新しいやり方」 ~新テクノロジーの上司理解と推進する心理的安全性について

1. はじめに ~よくある日常のワンシーン

今回はまず日常のワンシーンの描写から始めてみましょう。

新入社員A:「部長、先般ご指示いただきました支店の皆さんとのコミュニケーション施策の件ですが、YouTubeで社内限定サイトを作り、そこで販促のトレーニング動画やコンプライアンスに関する動画を載せてみてはいかがでしょうか。すでにポータルサイトはありますが、今のところそれほどページビューがあるわけではありません。ポータルサイトにYouTube動画を埋め込んで共有すれば情報もリッチになりますし、新しい試みでアクセスも増えるのではないでしょか。」
B部長:「おお、それは新しい企画だね。なにせうちの部も平均年齢が50歳くらいでそういう新しい技術には疎いから面白いと思う。ぜひ進めて欲しい。早速YouTubeでのサイト作成の外注先を探してみてください」
A:「外注先ですか?いえ、YouTubeのコーポレートアカウントだけなら私でもすぐ作れますが・・・。」
B:「え、そういうものなの?Webサイトの構築とかではないの?」
A:「はい、確かメールアドレスさえあれば誰でも作れるはずです」
B:「そうなの?では進めてもらっていいけど、絶対に問題が起きないようにしてね。ほら、最近情報セキュリティとかの問題もあるし、絶対に失敗しないようにね」
A:「あ、でも、私も実際に作ったことはないのですが・・・。ただ、YouTubeの限定サイトを作るだけなので、簡単にできると思います」
B:「うん、やってもいいけど、失敗しないならいいよ」
A:「分かりました。では専門家の方が安心ですね。外注先を探します!」

さて、皆さんはこのやり取りをみてどのように感じましたか?「あるある!」という印象を受けた方もおられるかもしれませんが、ここで外注しようとしているのは動画作成そのものではなく、あくまでYouTubeの法人登録だけということに注意する必要があります。もちろん社内決裁をとることは必要ですが、Aさんの言う通り、メールアドレスだけあれば5分でできることでもあります。結局、この会社では外注先の選定、コンプラ・反社チェック、見積もりの検討、そして発注という形で目に見えないコストも含め多大な労力をかけることになりました。

上司の知識の有無という観点で、近年は特にテクノロジー分野において「上司の方が知識がある」が通用しなくなってきています。今回はこうした「テクノロジーの上司理解」について考えてみましょう。

2. テクノロジー理解の世代間ギャップ ~新しい「やり方」を若手から学ぶ

スマートフォンができてから10年以上がたちましたが、その前後で世界が劇的に変化しました。今の40代以上の方であれば、学生時代にまだ携帯電話も普及しておらず、インターネットも広がっていなかったという方も多いのではないでしょうか。今や、インターネットやスマホだけでなく、AI(人工知能)やブロックチェーン、あるいはIoTやクラウドといったものが大きく世界を変えようとしています。今回のコロナウイルスに関するワクチンにしても、mRNA(メッセンジャーRNA)に関する画期的な技術がもとになっており、今後の医療を大きく変える可能性があります。

さて、そのような環境において新しいテクノロジーの理解は経営者や上司にとって必須の素養となっています。ソフトウェアがサービス価値の主要な部分を占めるようになると、そのIT技術が企業のコアの価値になってきており、ベンチャー企業では創業者自らがプログラミングを学んでプロトタイプを構築したという事例は数多く存在します。PEST分析においてT(テクノロジー)は「競争のステージを変える要素」と言われますが、テクノロジーの変化が競争力を根本的に変えるのであれば、それに対する理解を上司こそが深めていく必要があるのは当然でしょう。

一方、変化が速い現代において、すべてに土地勘を持つことは難しいものでもあります。実際、多くの新サービスに関しては上司よりも新入社員の方が詳しいということはよくあるでしょう。例えばInstagramやTikTokを使ったマーケティング施策の立案について、あるいはPythonを用いたAIの構築、などは新入社員の一部にとってはお手のものかもしれませんが、自由に使いこなせる上司は少数と思われます。こうした新しいサービスや技術については勉強会などを開いて謙虚に若手から学ぶこと、またその技術を使えばどのようなビジネスチャンスがあるかを一緒に議論することなどが重要になっていきます。「上司の方があらゆる面で詳しい」という時代はもはや過去のものなのです。

なお、念の為に付け加えておけば、今の若い人も10年後には新しい技術に疎くなります。今の30代後半であればFacebookやInstagramにはまだついていけても、TikTokは厳しいかもしれません。どんどん新しいサービスが出てくる中、誰もがキャッチアップし続けられるわけではないのです。だからこそ、若い人から(あるいは誰からでも)学ぶという体質を社内に醸成することがより重要になってくるといえるでしょう。

3.「心理的安全性」の確保も忘れずに

若手から学ぼうといっても、実際のところ若手の方が萎縮してしまって「大したことは言えない」と思ってしまうこともありえます。単純に意見を言い合える、改善策を言い合える環境を作ることが重要で、いわゆる「心理的安全性」を作る努力が重要です。

(1)若手をエンパワーし、発表の機会を作る


例えば若手に勉強会の主催をしてもらう等、発表の場を作ることが重要です。また、発表できるようにするために、若手にe-ラーニングや通信教育などで学びの場を提供し、そこで得た気づきや内容を発表してもらうという試みをしている企業も存在します。あるいは、会議での発表において必ず一番下のレイヤーの方から発表するなどのルールを設けることも効果的です。上の人が発言してしまうと右へ倣えで自分の意見を言わなくなってしまう傾向もあるでしょう。ルールの上でも自由に意見が言える状態を保証することが大切です。

また、上記で若手の方が萎縮してしまっているケースにおいては、いわゆるエフィカシー(自己肯定感)を上げていく働きかけを行うことも必要なケースもあるでしょう。褒めて伸ばせ、ではありませんが、小さいことでも承認を続けていくことで少しずつ自分の居場所や役割を見出していくタイプの人もいるはずで、特にIT系のスキルなどはあまり目立つものではなかったりしますので、しっかりと働きかけを行ってほしいと思います。

(2)ベテランと若手との協働を促す社風づくり

また、実際の施策に落とし込むときには若手からの意見だけではなく、ベテラン勢の経験値は必ず必要になるものです。どのような改革もアイデアだけでは実行に移すことはできず、実行・運用フェーズは経験のある方との協働があって初めて成功します。若手もベテランを尊敬し、ベテランも若手のアイデアを尊重するような雰囲気作りが大切です。

これを大きく言えば組織風土の醸成ということになりますが、こういうものはボトムアップというよりもトップダウンで経営陣が率先垂範する方が効果的です。トップが雰囲気を醸成し、熱量の高い人にアサインして小さな事例をまず作りましょう。成功でも失敗でも構いません。まずは実施して、それを是とする雰囲気を全体に広げていきましょう。

コロナ禍の台湾では35歳のオードリー・タン氏をデジタル担当の閣僚として迎え入れ、大きく評価されました。一国の政治でできることなら、一企業においてできない理由はありません。

4.おわりに

新しいサービスや技術が次々に生まれていく現代において、自分だけですべての領域をカバーできるわけではありません。人には得意分野があり、それは生きてきた年代や時代背景によっても変わっていくはずです。

いまだにFAXで受発注のやり取りをしている会社と、すべてシステムベースで自動化されている会社では生産性のレベルが違って当然です。日本は製品のイノベーションも起こっていないといわれますが、製法のイノベーションも起こっていないといえるでしょう。従来のやり方に固執するのではなく、全く新しい「やり方」も柔軟に試していくこと、これもまた両利きの経営でいうところの「知の探索」になるでしょう。

気が付いたら世界から置いていかれていたということのないよう、様々な知見を活用できる柔軟な社風を作っていきましょう。